あれからの日乗

私は生まれてこの方、まともに旅行というものをした験が無い。

家族で旅行に行けるような裕福な家庭ではなかったし、大学でも仕送り無く、学費は免除、月七万の奨学金と月一万のバイト代から、一万の豚小屋代、一万の光熱費、二万の食費、一~二万のゲーセン代を減ずると、他に充てられる金は殆ど残らなかった。

私の唯一の旅行らしい思い出は、18きっぷで片道十五時間掛かる貧乏帰省をしたことぐらいである。レアな筐体を求めて、途中で様々なゲーセンに寄りながら二泊三日で帰省を行った。私は鉄道オタクではないから、東海道本線の永遠にも思われる長さには絶望を覚えたし、旅館に泊まる金も無く、千円で漫画喫茶に泊まっていたから、旅行というより、ほとんど罰ゲームみたいなものであり、二度とやりたくないと感じた。何より、結局大した筐体は見つからず、一番のレア筐体は私の実家付近のゲーセンのポップン6である(もう無い)ということが判明しただけであり、全くの徒労に終わった。

現在、私は音楽ゲームをエア引退した身であり、半無職が辛うじて社会人の振りをして生きているというだけに過ぎない。私のかつての生きがいは音楽ゲームの上達のみであり、私は自らそれを捨て去る選択をしたが、失った代償はあまりにも大きかったことに気付く。

音楽ゲームだけが取り柄の人間が音楽ゲームを捨てると、後には脱け殻のような人生だけが残るのである。つくづく、自らの人生の慊りなさに嫌気が差してくる。

僅僅三週間の無職期間は、学生の頃の長期休暇に比べれば大した長さではないが、恐らく私にとっては二度と無いものであり、この最後の休息を引き籠もって過ごすのも、些か勿体無いように思われてくる。

かと言って、この御時世に旅行というのも、気の進むものではない。私はウイルス自体は特に恐れていないが、およそ理系の人間には受け入れられぬ、非合理的な論理がまかり通っている異常な空間に嫌気が差し、常に引き籠もっている。

このクソ詰まらぬ人生と無能感が、一時の逃避行によって紛れれてくれれば良し。もし何も変わらなければ、私はインターネット上から速やかに自殺し、以後誰とも関わることなく引き籠もり、静かに貯蓄し、隠遁者としての余生を送ればよいのだ。

ひとまず、旅に必要なアイテムをリュックに詰め込んだ。シャツ、インナー、パンツ、靴下を各二着、傘、化粧品、小型バッテリー、Surface Go、百名城スタンプ本、御朱印帳、サプリメントプロテイン。総重量は3kg程度である。

Surface Goは、今後のワーケーションにおいて出番がありそうなので、購入しておいた。軽量ながらも、PassMarkスコア3000, RAM 8GBと、最低限の開発に堪えられる端末である。小型マウス、小型バッテリー、小型アダプタを別途購入すれば、周辺機器も含めた総重量を1kg程度に抑えることが可能である。

百名城本と御朱印帳は、多少かさばるが、旅の痕跡を何らかの形に残すために、持って行くことにした。プロテインは非常食用に小分けにして用意してある。

何の予定も立てておらず、飽きたら途中で止めると思うが、そうすればまた以前のように引き籠もり、着々と隠遁の準備を進めてゆきたい。