三月十五日
最近は、女の明らかな遅延行為が目立ち、脈無しであることはとうに分かっていた私は、女の返事を待たずして、既に別アプリに切り替えて、新たな女を探していたから、女に振られたことには何のダメージも感じなかった。
かつての恋愛弱者(今もだが)たる私であれば、斯様な些事であっても、暫く引き摺ったと思うが、婚活女の性格の悪さに慣れた今となっては、何の後腐れもなく、寅さんばりの切り替えの早さでもって、また新たな女を求めればよいだけである。
こういった場合、そのような結末に至るのは私の言動が因であることは多く、実際私が多くの問題を抱えていることは疑いようもないが、こと恋愛に関しては、こちらに落ち度が無くとも振られることはままあり、稀にではあるが、私の方から落ち度の無い女を振ったこともあるから、こればかりは相性の問題としか言いようがないのである。
かの女は重度のアレルギーを抱えて苦しんでおり、健康オタクを自負する私は、この女を治すべく自身の健康理論を補強し、次回この女に会う際には、私の持てる全ての健康知識をこの女に伝授する積もりであったのだが、その機会が訪れることは無かった。結句、女は薬漬けの生活から抜け出せず、一方で私の花粉症は、この女のおかげでほとんど治ってしまったのだから、何とも皮肉なものである。
ここまで推定二十人以上に会っていながらも、私が結婚を考えた女は一人だけであり、その女にも私はフラれてしまったから、つくづく私はまともな恋愛経験を持たずして、理想だけは高い厄介な人間であろうと思う。
私の求める女は、自称テンバガーたる私の市場価値を適正に評価できる、投資家としての確かな目を持っており、かつその女は私の好む容姿と性格を持っていなければならないのだから、そのような女に私が出会う確率は所謂ラノベ的な、空から女の子が突然降って来るだとか、ネトゲの嫁が可愛い女の子だっただとか、無職が異世界に転生するといったような、天文学的確率か、或いはファンタジーの領域のようにも思われてくる。
しかしながら、この婚活というクエストは時限式であり、あと何年か経てば、私がこのクエストを完遂できる望みは限りなく薄くなってしまう以上、今の私にできることは、とにかく可能な限り持てる弾を撃ち続けることである。二十人で駄目なら五十人、それでも駄目なら百人に会い、ありもせぬラノベ的な邂逅に思いを馳せる以外にはないのである。
――そう言えば、最近私は、「ラノベ的な邂逅」を果たしたことがあった。
あのとき出会った女は、ウイルスが怖い女らしく、徹底的なリモート主義であり、私は初めて女とウェブで動画チャットを行った。
女は自身の会社名こそは挙げなかったが、その事業内容の特異さから、私は女の会社がどこであるかを察していた。
一時間ほど自身と女の身の上話をし、当時私は自身を着飾るということを全く知らなかったから、馬鹿正直に自身のニート的半生について語ったものであった。
女と会話を終えた私は、それ以上その女には興味が湧かず、それ切り連絡をすることは無かった。
それから暫く経った後、或る会社から転職のオファーが届いた。そう言えば、あの女はこの会社で採用担当だったなと開いてみると、担当者の名前があの女の名前とよく似ていたため、試しに話を聞いてみることにしたのである。
いざウェブ会議を立ち上げてみると、果たしてあの女だった。女が私のことを忘れていると気不味くなるので、私は何も言わず、女の事務的なプレゼンテーションを黙って聞き終え、
- 「何か質問はありますか?」
- 「覚えがなければすみませんが、僕たち過去に話したことがありますよね」
- 「ふふ、あまりにも既視感がありすぎましたね」
そこからは採用そっちのけで、女と普通に話していた。
- 「名前を見たときから、厄さんじゃないかって思ってました」
- 「僕もですよ」
女は良い男を見つけたらしく、お互い上手く行くと良いですね、という至極事務的な会話で締めた。
私自身、この女にははなから何の恋情も抱いていなかったから、全くもってどうでも良いラノベ的邂逅ではあったが、話のネタにはなるような体験だったし、決して後味の悪い邂逅ではなく、年度末の憂鬱も多少は晴れる思いがした。
いったい、私はいつになれば運命の相手なるものに出会えるのだろうかと思うが、まあ何んとかなるだろうと、半分は楽観的な気持ち。突然女が返事を止めようと、お祈りメールが来ようと、私はまた人間的な感情を押し殺して、次の相手を探すだけであり、どれほど理不尽な思いをしようとも、私はこの婚活ガチャを引き続けるのだろうと思う。