あれからの日乗

十二

つくづく私も女が欲しかった。私のことを愛してくれる、優しい恋人が欲しかった。(西村賢太「どうで死ぬ身の一踊り」)

彼は採用と相成った。

T大を卒えて以後、時給千円の生活を経てていた彼は、ようやく正社員の地位を得た。給与はT大卒としては多くないが、かつての三倍程度からのスタートであり、独身者として生きるには十分な額である。

業界の常として、プライベートの時間も勉強に充てる必要があり、bmsの時間を取るのは益々困難となったが、普通の会社員としての地位を得られたことで、彼は人間として認められた思いがした。

ここで、「独身者として」と云う言葉に彼は引っ掛かるものを覚えた。
同年代の友人が所帯を持ってゆく中で、自分はこのまま独りで死んでゆくのだろうか。

彼は過去の体験から、女を敵視して来た。女のせいで神経症を患い、まともに会話すらできなかった。

今思えば付き合えた筈の女も何人も居たと云うのに、誰一人として深く関わることを恐れ、フラグをへし折るのが彼の常だった。

この女への根源的恐怖が、彼の人生を縛り付けてきた存在の正体であるとすれば、彼は女を克服することで初めて、自らの人生の新たなスタートを切れるように思えてきたのである。

彼は、何としても女を得なければならぬと思った。

それが自らの歪み切った人生を修復する唯一の処方箋であると信じ、行動を起こすことにしたのである。