あれからの日乗

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何も私は特別な女を得たいわけではない。一般的な美人や、愛くるしい顔立ちを求めているものでもない。ただ普通の女と、普通に仲良くなりたいだけなのだ。(西村賢太「けがれなき酒のへど」)

私の好きな作家は誰かと訊かれたら、本心としては言うまでもなく西村賢太であるが、賢太は風俗狂い酒乱暴言DV癖の、全く女受けする作家ではないため、女に対しては池井戸潤百田尚樹といった無難な回答を行うようにしている。

マッチングアプリで知り合ったとある女が、私の最も好きな或るアニメと漫画を好む女であり、話が合うことに気を良くした私は、好きな作家を訊かれた際に、この時に限っては西村賢太が好きだと本心を答えたのである。

女は賢太を知らなかったが、その後に図書館で賢太を読んだそうであり、吐き気を催す部分もあったが、読ませる力のある作家だと評した。

まさか読むとは思っていなかった私は、返礼として女が好きだと言う、町田康の小説を購めて読み、その感想を記した。

最初は女への魅力を感じず、会う積もりも無かったのだが、クソ女の定型文である「後で見てみます」において、初めて有言実行を果たした女への義理を感じた私は、女と会うことにしたのである。

待ち合わせ場所に現れたのは、爬虫類顔の女だった。

元の写真自体が不自然な感じがしたため、大して期待はしていなかったが、予想を超えた乖離であり、女の写真加工技術の高さに驚かされた。

女への興味が失せた私は、早く帰りてえなあ、と内心思いながら、好きな文学について訥々と話した。

梶井基次郎檸檬について、あの結末ならば、置いた檸檬が店員に見付かって怒られ、殴り合いになった方が、まだ面白い展開だよなあなぞ、私の持論を展開すると、女の顔が引きつってゆくのを感じた。

また、女はマイナーな漫画に結構詳しく、褒め言葉の積もりで、あなたはサブカル女子だね、と女のセンスの良さを評価したところ、言葉選びが悪かったようで、この辺りから明らかに女の機嫌が悪くなっていった。

食事の後、女はルミネに行く、と言い残して去り、結句この女とは二度と連絡を取ることは無かった。

私が本当に好きな作品は私だけが楽しめれば良く、また、賢太の作品は私だけの救いとなれば良いのであって、サブカル爬虫類女なぞに読んで欲しくないのである。

趣味と云うものは、ただ他人と共有すれば良いものではない。他人に入られたくない自分だけの世界もまた存在するのだ。